下北沢club251のマンスリースケジュールで連載中の

市松便り
バックナンバーです
其のよんと、其のきゅうが欠けている事をご了承下さい)

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其のいち
(2004年4月)

タクシメの妄想コラムが一部マニアに熱狂的支持を受け、
251スタッフのPUB日報のコーナーを乗っ取り、
しぶとく続く事となりました〜!!

自分、ぶっちゃけこのテのプチサクセスストーリー多いんです。
いつだっけか某FM局で「五月の3分教鞭」ってゆう番組やってた時も
半年後には「30分教鞭」になってたし(笑)。
類いまれなる貧乳とナデ肩の為か、むやみやたらとズリ落ちてくるブラジャーのスト
ラップに悩まされ、ワラをも掴む思いでアンダー65に下げたらアラ不思議!
A−70が一夜にしてCカップに!!

ん〜、プチサクセス!アメリカンドリームね!!

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其のに

(2004年5月)

しょうちゃんってゆう、小洒落たミスターハリウッドに、
いかに寅さんが面白いか、そしてビギナーが見るなら
どのマドンナの回から入るべきかを説かれ、
おそるおそる見ちゃいました、朝丘ルリ子のリリィ編。

ヤヴァかったっス。のっけから寅さん、いつになくアンニュイだし(笑)、
純粋すぎて、あきらかに人様に迷惑かけっぱなしだし(さくらを筆頭に被害者多数)。

傷心の網走で世話になった(とゆうより迷惑かけた)牧場主を、
これでもかとゆうほど「開拓部落ッ」(←これは放送コードに触れないのか?)呼ば
わりするし…。

「最近気になってる人は?」って聞かれたら
「車寅次郎」って云っちゃいそうでコワイ、
そんな五月もうすぐ26歳の春でした。

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其のさん
(2004年6月)

年前までお菓子が主食だったと以前書きましたが、
よく考えてみたらわりと最近でも、
フツーにお菓子のみで一日過ごしちゃう事がザラにあったりする、
粗食党の五月です。

よく「お菓子ばっか食べてると太る」などと女性週刊誌が
「夏の雅子様ファッション」のかたわらでシレーッと報じておりますが、
全くもって偏見、いや、もはや「お菓子蔑視」であると云わざるを得ません。

なぜならお菓子だけを食べ続けていると、間違いなく痩せていくからです。
これに関しては「お菓子が主食同盟」の一員でもある某ORCAのcutt氏も
一家言あると申しておりました。

五月の「お菓子主食歴」は根が深いです。
高校生の頃から、お弁当を広げる級友の隣で
プリッツや栗まんじゅうに舌鼓をうっておりました。
上京してからは、もっぱらベビースターラーメンのオンリー食いで飢えをしのぎ、
現在は柿ピーのピー抜きが旬です。

痩せたい!けど間食がやめられない!!というアナタ!
いっそお菓子のみで半年くらい過ごしてみてはいかがでしょうか?

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其のご
(2004年8月)

味、嗜好というモノは、個人的かつ、当人以外にとっては、
120%無利益な、そういったモノほど「高尚」な気がしてしまう。
なんてったって、本人以外にはこれでもかとゆーほどに、どーでもいい事物に対し、
延々時間を割き、場合によっては投資までしてしまうワケですから、
その無駄っぷりが、無駄であればあるほどに、
その無駄に投資する器の大きさを推し量れるってなもんで…

前置きが長くなりましたが、いくつか例をあげてみたいと思います。

数年前に恋した殿方の趣味は「迷子になる事」でした。
己の時間を己の為だけに使い切ってるという事実にウキウキしたそうです。
しかもこの彼は「対戦相手がいないと成立しない類いのゲームを一人二役でやる」
とゆうかなり高尚なご趣味もお持ちでらっしゃいました。

また、高校時代から友達の、ワタクシメの同居人さおたんに至っては、
「布教活動にきた信者の話をインターホン越しに聞いてあげる」のがスキらしいです。
これは無駄な趣味とゆうよりもマニアックな嗜好、とゆう感じですね。

…で、等のワタクシメはとゆいますと、
「漫画を読みながらお菓子を食べる」のが大スキです。
アレッ!? ふ、普通? ごめんよう…意外とフツーなヤツなんス。
目下、高尚な「THE無駄趣味」を模索中なのです。

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其のろく
(2004年9月)

月には5つ年上の姉がいるのだけれど、
コレがもー、何から何までウマが合わない。
外見はバッタリ遭遇した知人に間違われるくらいウリひとつなのだが、
コレが中身ときたら、いよいよ真逆。
海水浴派か、ハイキング派か、なんてもんじゃない。
海水浴か、部屋で引きこもりかくらい真逆なのでR。

五月の愛読書が「課長島耕作」ならば、
姉は「海の闇月の影」(フラワーコミック)。
五月の愛車がモンキーならば、
姉はワインレッドのシーマ(後部座席には虎柄の敷物アリ。ナンバーは勿論蛍光)。
久しぶりに実家に帰ってみれば、
姉の部屋から聞こえる音楽はシャ乱Qの「空を見なよ」。

オトコの好みもしかり。五月はもやしっ子ラヴだが、
姉の旦那様は角刈り&大門サングラスにノータッグのスラックス(紫)、
トップスは云うまでもなくIN。
姉夫婦の間に子供が産まれた時、五月が一番心配した事は、
襟足の毛を長く伸ばすんじゃないだろうか、だった…。

「牡丹と薔薇」、とまでは云わないが、一度くらい姉妹の絆を確かめたいモノである。

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其のなな〜歴史倶楽部編1
(2004年10月)

節外れの台風がやたらと東京砂漠を強風で襲いまくりの昨今、
そろそろ歴史倶楽部の会合を開かなければならない時期なんじゃないかと、
うっすら思った。

そもそも歴史倶楽部の発端はというと、軽く3年くらい前に遡る。
当時やってたハートバザールというバンドのドラムのたーくんと呑んでる時、
いきなりヤツが五月の部屋にある「神武天皇実在論」を引っ張りだし、
「実は俺の先祖、神武天皇なんだよね〜」と脱力必至な発言を
日本酒(一升瓶)片手にし始めたのだ!!

実は隠れ古代史ファンにして邪馬台国ハンターでもある五月は、
「同士よ!」と中国共産党地下工作員ばりに(心の中で)叫んだ。
その後、戦国班キャップの野田兄弟を筆頭に、
幕末、源平、と着々とその筋のエキスパート達が入部を希望し、
現在100人からの部員達が当倶楽部には所属している。

 次回市松便りでは、都内某所にある「貝塚公園」という歴史好きの琴線に否応なく
訴えてきやがる、奇々怪々な公園についてお届け致します。かしこ。

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其のはち〜歴史倶楽部編2
(2004年11月)

回は歴史倶楽部の黎明期にみる、
社会的貢献度と各所属部の指揮系統についてお話しましたが、
今回は前回軽く触れた通り、都内某所にあるK公園について、
五月の私的見解を述べたいと思う。

古代日本には、貝塚と呼ばれる、今で云うゴミ捨て場の様なものが存在していたが、
生活に密着しているものゆえ、さほどレアでもなく、
頻繁に発掘され今日に至っている。

くだんのK公園もその跡地なのだが、ここのイブシ銀なところは、
敷地内にぽつねんと縦穴式住居が鎮座してらっしゃる点にある!
住宅街にシレーっととけ込む縦穴式住居はさながらマグリットの様相を呈している。

また、ここを訪れる人達も相当シュールレアリスムをその身にまとっている。
一度などは、ありえないくらいベルボトムな
リアルはっぴぃえんどの初老の男性に出くわし、
また、木にぶら下がって懸垂を試みる(半裸)、
遠目にも明らかにアブナイ人間がまさか
ハッカで鍵盤を弾く某Tくんだとは夢にも思わない、そんな奇々怪々なK公園を、
等歴史倶楽部では今後も追わざるを得ない状況なのです…。

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其のじゅう
(2005年1月)

近上京して通算9回目となる引っ越しを敢行した。
それまでは、大まかに云えばシモキタかな?ってとこに
高校からの同級生さおたんと暮らしていた。

当時のメゾンドルミエールは、
『高級賃貸アパート』という分類からも伺い知れる様に、
相当中途ハンパに無駄が多く、
かつ最初の一年くらい二人して枯れてはてていた為、越冬について、
日夜シモキタ五右衛門にて幹部会議(幹部しかいないけど)を開いていたものだ。

そして現在は、シモキタと云い張るにはチト無理があるものの、
まだまだ現役、チャリなら余裕ッス!くらいのとこで、
やはりさおたんと同居してマス。

しかもルミエール時代は、最寄りスーパーが信濃屋だった為、
納豆が一パックで100円以上するものという現状に慣れかけていたが、今や!!!
大根半分60円、ニンニクの芽二束70円、アボガド一山(3〜4つ)200円!
もとより菜食主義者気味のワタクシメ、エンゲル係数の限界に挑みます!

2005年も4646かしこ。

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其のじゅういち
(2005年2月)

日440にて行われた、ひとりハッカライブにて
聖子ちゃんの「小麦色のマーメイド」をカバーした際、
某wash?の奥村大氏に、
「五月ちゃんは聖子ちゃんっつうより中森明菜のイメージだ」的な事を云われた。

さらに五月がいかに「男はつらいよ」フリークであるか、
寅ラブかを力説していたら、それすらも、
「五月ちゃんのばやい、口にしないと分からない」
(フツーにしてたら男はつらいよフリークだとは想像できないって事か?)と一蹴。

…、そうか。周囲の抱く五月のぱぶりっくいめーじってヤツは、
ネクラ感やサブカル感なのかしらんと、新年早々実感。
ユーモアとやさしさを大切にして、誰からも嫌われない様に、
ここ数年やってきたけれど、しょせんゲットー育ち、
生温いセンチメンタルより、
払拭しきれない負のパワーを唄いきってやろーじゃねぃか!!
と心に誓ってしまった新春でした。

今年はwash?と沖縄ライブ行くぞ!(ホントか?)

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其のじゅうに〜ブクロ編
(2005年3月)

々に池袋に行ってみた。
五月にとって初の上京地点ブクロ。
18歳の時初めて降り立ったこの地は、
とにかくなんだかわけわかんねーけど愛僧渦巻いていた(様に思えた)。

駅構内に蠢くキャッチ、
グリーン大通りで下半身モロ出しで眠る浮浪者、
終電間際のサラリーマンのリアルもんじゃetc。
あまつさえこちとら、北関東空っ風の吹きすさぶ上州群馬のイナカモン、
そんな東京砂漠の洗礼に100%ビビっておりました(ヘタレ)。

すべからくP'パルコなどとゆう、もう名前からしてオサレーな場所では
右手右足が一緒に出ちゃうくらい、自意識カジョーにならざるをえず
(名前に「’」とかつけちゃうあたりにイナカモンお断りの選民思想を感じる)、
たかがブクロでそんな体たらくですから、
勿論シモキタや原宿、代官山などには恐れ多いと、自主規制をしくシマツ。
そんな飽きれるくらいのTHEイナカモンでしたが、
久々に行くとなんかブクロ、イマイチもさっとしてねぇ?
と、いささか気付くのが遅すぎた感も禁じ得ないまま、
ハウル見ときました、とりあえず。

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其のじゅうさん〜青春★城南地区編
(2005年4月)

関東(南東北?)群馬県出身のワタクシメ、
初の上京地区に北関東埼玉の玄関口池袋を選んでしまった
イナカモンの悲哀について前回はお話ししたが、今回はとゆうと!
「やっと東京砂漠にも慣れ、
自主規制も解いて代官山あたりにもお買い物に行ける様になったけれど、
結局DEPTやOUTLET等の、
別に代官山じゃなくてもあるじゃん的ショップにしか足を踏み入れられない
ハタチそこそこの甘酸っぱ〜い頃の五月が次に根城とした城南地区編」
についてお話させて頂きたい!(なが〜)

脱ブクロ後、居をかまえたるは、目蒲線(当時)の西小山!
おとなり武蔵小山は日本一と名高い商店街がやや有名だが、
こちらはにこま商店街(「し」と「や」が!!)とゆう
そこはかとなすぎる地味な商店街を有していた(笑)

西小山での思い出はとにかくバイトに尽きる!
何をトチくるったのか、寿司デリバリーと深夜ファミレスの掛け持ちで、
馬車馬の如く働いてしまった。
当然心身は病み、なんとなく小洒落たフンイキ漂う城南地区を満喫する前に
都落ちを余儀なくされてしまった!
どうする五月!!(つづく)

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其のじゅうよん〜川崎エレジー編
(2005年5月)

他ともに認める引っ越し魔の五月です、コンニチワ。
ブクロ→目黒ときて、はてさてお次は、初の多摩川越え、東横線新丸子です。
(サブタイトルは朋友ダブルオーテレサの名曲より引用)

馬車馬の如く労働に勤しみまくった目黒時代の反動か、
新丸子での五月ときたらいよいよ主婦(それも自炊洗濯だけしたら、後は昼ドラ→ワ
イドショーのコースをせんべいかじりながら寝そべって見てるたぐいの)でした。

毎日の様に広告をチェックして、
やれ今日はヨーカドーが乾物特売だの、
ハミングステージ(最寄りスーパー)が卵1ダース100円だのっての
を自転車こいでお買い物。

毎週木曜日には武蔵小杉の駅前のたこ焼き屋さんでおやつ買ってたなぁ。

今思えば、五月の人生で一番フツーで、一番穏やかだった時代かもしれない。
が、しかしリバウンドの様に無駄にストイックな引っ越しをまたもや敢行するハメに!

次回は「男おいどん4畳半フォーク高円寺編」です。お楽しみに。


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